日本管区の歩みと現在

1934年、エルネスティナ・ラマリョほか3名の聖心侍女修道会の修道女がローマから初めて日本に派遣された。来日後一年も経たないうちに、旧制高等女学校卒業者を対象にした「清泉寮」が1935年4月、東京麻布三河台にある旧志賀直哉邸に開設された。1944年、東京大空襲で校舎は焼失。シスターたちは長野へ疎開した。戦争が終わると、長野と横須賀で教育活動を再開し、後にはインターナショナルスクール、小学校、中学高等学校、大学を次々に開校した。現在これらの学校は学校法人清泉女学院として受け継がれている。

一方で1980年代から、フィリピンやインド、後にはペルー、ブラジル、また2000年以降は東ティモールへ日本管区からシスターが派遣され、現地での宗教、教育、社会活動に従事した。国内においても、貧困や人権問題に関心をもち、難民・移住者、ホームレスの人々への支援活動を名古屋、長野、東京で行ってきた。現在もこうした支援活動や講演会の催しを行なっている。

社会的な活動を根本的に支えているのは、修道院で日々ささげられている聖体祭儀と聖体礼拝である。また、聖イグナチオの霊操によって養われた霊性を活かして、信徒の霊的同伴や教会・学校内での講話の要請に応じている。

また、ラファエラ・マリアの精神を共に生きたいという信徒のグループ、A C Iファミリーが2000年以降活動を開始し、その指導に従事している。

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